科学研究とイノベーションにおけるバイオハッキングの役割 ドイツ議会での公開ディスカッション

LINEで送る
Pocket

9月29日、ドイツ連邦議会教育・研究・技術評価委員会(Ausschuss für Bildung, Forschung und Technikfolgenabschätzung)の公開専門会議、Öffentliches Fachgesprächを聴きに行って来ました。

同委員会が月一度の頻度で専門家らを招き、様々なテーマについて話し合うこの会議は一般公開されており、誰でも参加することができます。

 

今月のテーマは、“Synthetische Biologie, Genome Editing, Biohacking – Herausforderungen der neuen Gentechnologien (合成生物学、ゲノム編集、バイオハッキング - 新しい遺伝子工学の課題)”でした。

 

合成生物学は、コトバンクによると以下のように定義されています。

合成生物学

構成的生物学ともいう。生物や細胞に含まれる分子やシステムに類似はしているが、自然界には存在していない分子やシステムを人工的に作りだし、これらの利用や応用を研究する分野。例えば、現在のウイルスや生物がもつ核酸とたんぱく質は、それぞれ特定の種類の塩基、アミノ酸呼ばれる構成単位からできているが、別の種類の構成単位からなる疑似核酸や疑似たんぱく質を人工的に作りだし、これらの疑似分子と、従来の核酸、たんぱく質とを比較する。これによって、核酸やたんぱく質の働きや作用などを改良できる可能性がある。また、各種の遺伝子やたんぱく質などの生命体構成物質を人為的に組み合わせて、自然界には存在しない疑似ウイルスや疑似微生物を人工的に、設計図通りに作りだすことも考えられる。遺伝病に対する、遺伝子組み換え技術による治療用ウイルスの開発・作製などは、合成生物学の初歩的な成功例である。従来の遺伝子工学や遺伝子組み換え技術などの発展した形が、合成生物学である。

(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2008年)  出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」

私がこの公開会議を聴きに行こうと思ったのは、「バイオハッキング」がサブテーマとなっていたから。

バイオハッキングとは、自宅のキッチンやガレージ、ハッカースペースなどでオープンソースのDNAコード等のリソースを使ってバイオ実験を行い、生物学の分野で問題を解決したり、新しいものを生み出そうとすること。そのような活動をする人をバイオハッカーと呼びます。

(Bue Thastum/ Flickr)

(Bue Thastum/ Flickr)

 

DIYバイオのメンバーが唱えるバイオハッキングは、産・学・官の組織に頼るのではなく、人間本来が持つ「知恵」に頼って生物学の問題を実用的に、創造的に、自力で解決しようというアプローチだ。その解決策のことをハックという。ハックには効果な装置も連邦予算も査読も不要だ。必要なのは、問題に取り組むためのなるべく多くの手と目と頭脳だけ。クリエイティブなマインドが集まるところならどこでも、ハックの機会は待っている。 (マーカス・ウォールセン 「バイオパンク – DIY科学者たちのDNAハック

社会の問題を行政レベルではなく、IT技術を使って市民レベルで解決しようというムーブメント、シヴィックハッキングが欧米を中心に広まりつつあります。バイオハッキングは、言うなればその生物学バージョン。プログラミングのコードの代わりに、DNAコードを使って問題を解決しようと試みます。安価な遺伝子解析システムを作ったり、バイオ燃料を作ったり、バイオアートを完成させたり、新しい抗生物質を見つけることを目指したり、癌細胞をハッキングしたり、、。

今回の公開専門会議では、合成生物学分野の様々な立場の専門家らがそれぞれプレゼンテーションをしたのですが、トップバッターはカールスルー工科大学テクノロジーアセスメント・システム分析研究所(ITAS)のRüdiger Trojok氏でした。Trojok氏は、ドイツ連邦議会技術評価局(Büro Für Technikfolgen-Abschätzung beim Deutschen Bundestag, TAB)による合成生物学に関する調査報告書の著者の一人で、また、バイオハッカーでもあります。

Trojok氏のプレゼンの要点は次のようなものでした。

  • ハッキングとは、楽しみながらイノベーティブに問題を解決することである。
  • バイオハッキングは世界のいろいろな地域で同時期に発生した現象であり、各地のバイオハッカーコミュニティは連携し合い、グローバルネットワークを構築している。
  • バイオハッカーのグローバルネットワークは複数あるが、中でもDIY BioHackteriaは二つの大きな潮流となっている。
  • DIY Bioはどちらかというとビジネスマインドを持つハッカー達のネットワークであり、Hackteriaは科学者とアーチストのコラボを中心としたアート志向の強いネットワークである。
  • バイオハッキングは、シチズンサイエンスという文脈で捉えることができる
  • シチズンサイエンスには科学者が主体となり市民に研究参加を促すトップダウン形式のものと、市民の側から生まれるボトムアップ形式のものがある。
  • バイオハッキングは科学のオープンソース化を基盤として発達している。
  • 市民が自らバイオ実験を行うことで、市民の科学や技術への理解が高まり、様々な背景を持つ人たちが一緒に活動することで、新しい発想が生まれ、社会変革を起こす可能性がある。

 

欧州では2014年からグローバルレベルのバイオハッキングワークショップイベントやハッカソンが開催されています。

 

このプレゼンを基盤に、公開専門会議では主に以下についての議論がなされました。

 

  • 大学や研究機関の外で行われるハッカー達によるバイオ・遺伝子工学研究は、既存の科学及びイノベーションシステムをどのように補うことができるか。
  • 国はバイオハッカーの活動をどのように支援すべきか。
  • バイオ実験の手法がより簡単になり、誰もが実践できるようになる時代に、リスクマネジメントはどうあるべきか。
  • 分子生物学の知見及び技術は、将来の社会においてどのような役割を果たして行くべきか。また、そのプロセスに市民はどのように参加して行くことが望ましいか。

 

会議に出席した議員の中からは、「素人が遺伝子工学実験をやるのは危険ではないのか」という懐疑的な意見が出ていました。生命を扱う技術であるということから、これは当然の懸念なのかもしれませんが、Trojok氏はバイオハッカーコミュニティでは研究の倫理面および安全面に関する議論は活発に行われており、バイオハッキングにおけるCode of conduct(行動規範)が定められて倫理コンセンサスが得られていること、ほとんどの実験は「ハッキング」という言葉からイメージするような危険なものではないこと、また、あらゆる物事にはデメリットや不安材料があるが、マイナス面ばかりに目をやるのではなく、開れるであろう様々な可能性にオープンであることが重要であることなどを述べました。

 

バイオハッキングというムーブメントについてはよく耳にするようになりましたが、私にはこれまでまだ漠然としたイメージしか持っていませんでした。議会の議題として取り上げられるほど存在感を高めているとは思っていなかったので、少し驚きでした。

 

しかし、大学のオープン化、シチズンサイエンスの高まり、興味を同じくする人たちの国境や組織という垣根を越えたネットワーキングの広がり、ますます速くなる情報共有のスピードという世の中の大きな変化の中、バイオハッキングが一部の限られた人々による一時的なブームでは終わらないことに疑いの余地はありません。こうしたムーブメントに国はどう対応するのか、市民の側を巻き込んだオープンな議論はとても重要でしょう。

 

今後ますます加速するであろう科学研究のパラダイムシフトを、ドイツの状況を中心に引き続きウォッチして行きたいです。

 

バイオハッキングに関するEllen Jrgensen氏のTED Talk。

 

 

sponsored link


Also published on Medium.

LINEで送る
Pocket




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA